中国4000年の歴史の中で培われ、日本でも独自の発展をとげた漢方医学は、現在の西洋医学とは全く異なったアプローチで治療を行います。
検査データをもとに分析的に病気を診るのではなく、精神的側面を含め望診・聞診・問診・切診という四診で全人的に患者さんをみていきます。
使う漢方薬は、単なるツムラ、クラシエなどの既存のエキス方剤のみを処方するのではなく、難治性疾患の方や、不妊症の方などを中心に、生薬一味一味を吟味したテーラメイドの煎薬を処方しています。もちろん、院内で専門の薬剤師が漢方調剤を行っています。
最近特に力を入れているのが、腎機能低下、腎不全に対する漢方治療です。糖尿病性、高血圧性、あるいはIgA腎症、糸球体腎炎などの原因にかかわらず、黄耆を主薬とした養腎降濁湯、七物降下湯加減でかなりの効果が上げられることが判明してきています。
西洋医学的治療でなかなか改善が得られない場合には、漢方医学を試してみる価値はあります。
腎機能障害には黄耆あるいは晋耆を主薬として、養腎降濁湯、七物降下湯加減を用いることで、軽度から中等度の障害では、腎機能の悪化を防ぎ、あるいは改善に導けることが判明してきました。腎障害を引き起こす原疾患はいろいろありますので、全ての場合に効果があるとは言えませんが、西洋医学的治療により改善がみられない場合には是非試してみる価値はあります。
女性に多い再発を繰り返す膀胱炎には、清心連子飲や竜胆瀉肝湯を温裏方剤と組み合わせると効果があります。
男性の前立腺肥大にともなう頻尿、排尿障害には牛車腎気丸、八味丸が有名ですが、正直なところなかなか効果が上がらないというのが実情です。
最近マスコミでもよく取り上げられる過活動膀胱による頻尿、尿失禁も同様に、広告などによく出ているほどの効果が上げられないことが多いように思います。
機能性胃腸症は自律神経のアンバランスに起因していることも多く良い効果が得られることが多い疾患です。過敏性腸症候群も軽症から中等症は良い適応ですが、重症例は西洋医学的治療の併用が必要なことが多くなります。便秘症はセンナがエジプトの時代から使われていたように、極度の重症例を除いて充分対応可能です。
胃潰瘍、十二指腸潰瘍は急性期にはもちろん西洋医学的治療が優先されますが、繰り返す場合には半夏、黄連などの脾胃調和藥を用いて再発予防効果があります。
胆石症、慢性胆嚢炎、総胆管結石にこれまで茵蔯蒿の配合された方剤が排石の効果があるとされたりしてきましたが、いわゆるサイレントストーンも多く症状がなければ経過観察することが多いです。
高血圧、高脂血症に関しては、降圧効果、脂質低下作用がはっきりしている方剤はありませんので生活習慣の改善、食事療法、運動療法で十分効果が得られない場合は西洋医学的治療が優先されます。合併症予防として、菊花、釣藤鈎などの平肝熄風藥を、あるいは牡丹皮、桃仁などの駆瘀血剤を用いていわゆる血液さらさらに、動脈硬化予防のために、自律神経系安定のために理気剤を、あるいは腎機能保護のために補腎剤などを併用するのは有効だと思います。
高齢化にともなう慢性気管支炎、肺気腫は退行性疾患ですので症状の改善というよりは、進行を抑えるということになりますが、人参、黄耆、麦門冬などの補気補陰薬、柴胡などの慢性の炎症を抑える方薬の入った方剤が良い適応になることが多いです。
気管支喘息は吸入ステロイド剤の台頭により重症例が激減しましたが、漢方薬の併用は吸入量・回数の低減につながります。
中国からの飛来物の影響も言われる、アレルギー性気管支炎には麻黄剤は効果的で、吸入ステロイド剤までは必要のない例で頻用しています。
血糖降下作用は、まず食事療法として糖質制限が最優先。西洋薬の糖尿病薬のような単剤でけ血糖降下作用のある方剤は今のところありません。しかし最近桑葉が消化管からの糖の吸収を抑制するとの報告もありちょっと注目しており、桑葉の粉末を私自身試験的に服用しています。
甲状腺疾患、他の内分泌疾患も漢方は補助療法の域にとどまっているのが現状です。
アトピー性皮膚炎を筆頭に、尋常性乾癬、掌蹠膿疱症、慢性じんま疹など単一原因ではなく、原因のはっきりしない難治性の疾患が多いので、漢方治療単独ではなかなか難しく、正直なところ西洋医学的治療との併用が必要になる場合多いです。
アレルギー性鼻炎、慢性鼻炎、慢性副鼻腔炎は麻黄、細辛、辛夷の入った方剤が効果的で、軽度から中等症では第一選択にして良いと考えています。最近眠気の来ない西洋薬もあいつで発売されていますが、眠気が全くない抗アレルギー効果が漢方方剤にはあります。特に鼻閉に関しては、辛夷の粉末が著効を示しますので、お困りの方は是非お試しください。
口内炎には黄連含有方剤が著効をしめすことがあり、ビタミンB2製剤との併用が有効です。
慢性中耳炎などの慢性炎症性疾患には、柴胡剤が効果があることが多いですが、食事療法としての糖質制限の併用が効果的です。
不妊症に対して、漢方治療はびっくりするような効果が上がることがあります。微妙なホルモンバランスによって変化が現れるのが婦人科疾患の特徴で、その微妙なところの調節に作用するようです。ここ10数年で人工授精、体外受精が一般的になりましたので、その補助にまわることも多いですが、黄体機能の改善、排卵の促進などに効果があるのではないでしょうか。
月経痛、月経不順もいろいろな原因がありますが、月経周期に合わせた方剤の選択で良好な結果が得られることが多いです。
子宮筋腫の縮小効果はこれまでのところはっきりとしたエビデンスの方剤は残念ながらありません。
現代病としてのうつ病、不眠症などには、当初西洋薬との併用が必要な場合が多いですが、竜骨、牡蛎、竜眼肉などの安神薬、柴胡、芍薬、香附子などの疏肝解鬱薬、厚朴、枳実、薄荷、紫蘇葉などの理気薬などを組み合わせた方剤を用いて、緩解に導いていきます。
変形性の膝関節症、脊椎症、椎間板ヘルニアあるいはそれに伴う坐骨神経痛などに補助療法として麻黄、防風などの辛温解表薬、石膏、知母などの清熱瀉火薬を。あるいは逆に保存的治療として桂皮、附子、乾姜などの散寒補陽薬などをその病期に合わせて用いたりします。
関節リウマチは西洋医学的治療が飛躍的に発展し、漢方は緩解期、ごく軽症のときのみ適応となることが多いと思います。
糖質制限の処方に使われる生薬
中国の桂林でしか生育しないウリ科の植物で中国の重点保護植物です。種類が多く長灘果・青皮果、冬瓜果などが栽培されています。
日本で見る羅漢果は、乾燥させた果実の黒色ですが収穫時は光沢のある4~6cmぐらいの濃緑色の果実です。生では甘くないですが、天日干し・焙煎すると甘くなります。
甘いのになぜ血糖値が上がらないのか?それは羅漢果に含まれる甘味成分・モグロシドにはカロリーがほとんどなく、小腸でも吸収されにくいのでほとんど体外に出てしまうからです。
血糖値上昇率も白砂糖の約100分の1なのでダイエットや糖尿病の食事に最適です。
中華料理では魚介類の食中毒を防ぐため、昔から使われます。
糖尿病の処方に使われる生薬
当院での処方には最上品とされる晋耆(しんぎ)を使います。豆料の植物で、フラボノイド・サポニンが多く、ギャバ成分もあり、最近では免疫機能を高めるT細胞やNK細胞を活性化することが期待されています。
中国の海抜1000メートルの黄土の高原で栽培され、5~6年栽培して根を堀り上げます。長いものでは2mにもなります。根に根粒バクテリアが共生しているので、砂地の高地でも生育できる特性を持った強い植物です。身近では、春に咲くレンゲも根粒バクテリアと共生している同じ仲間です。同じ中国から渡来した植物です。
肥満・メタボの処方に使われる生薬
日本の海辺の防風は浜防風で、漢方薬の防風の代用品でした。美しい日本料理のあしらいに使うのは浜防風です。サラダや天ぷらにしても美味しくいただけます。現在、漢方薬に使われる防風は全て中国・モンゴル、ロシアで自生するセリ科の根を乾燥させたものです。字の表す通り、風が運んでくる病(古代は疫病でした)風邪を防ぐ薬効があるとされてきました。
平安時代に伝わり、今でもお正月にいただくお屠蘇にも防風が邪気祓いに使われています。身近な日本の浜防風と漢方に使われる防風は薬効が異なりますので気をつけてください。
高血圧の処方に使われる生薬
お刺身に添えてある小さい菊の花。実は解毒の目的があります。和食では、花を茹でたお浸しや酢の物、天ぷらなどによく使われます。中国では乾燥させた花を菊茶にして食後茶にします。口の中がすっきりして爽やかになります。生薬名は菊花(キクカ)です。
解熱・解毒、鎮痛、抗菌など様々な効能があります。頭痛や目の病気を治し、延命効果があるといわれ古くから不老不死のシンボルとされてきました。「明日よりは病忘れて菊枕」という虚子の句に登場する枕は乾燥した菊を束ねて枕にしたものです。爽やかな菊の香りがアロマテラピーとして癒されたことでしょう。西洋の鎮痛剤が登場する前から、頭痛は悩みの種だったわけです。
血圧の処方に使われる生薬
日本の野山の樹の根元などに自生しています。
平安時代には薬用として宮中に献上され、江戸時代には日本の野生黄連の薬効の高さが認められ中国に輸出していました。幕末から因州、丹波、近江、信濃、越前、加賀などで栽培されましたが現在、漢方で使用しているのは、ほとんど中国・四川省では川連と呼ばれるものです。
黄連の地下茎を乾燥させ、細根を焼き、焦げた部分を磨いて取り除き、残った根茎が磨き黄連です。この僅かな部分だけが生薬として認められます。近代化されるまでは収穫量も少なく、すべて手作業のため高価でした。日本や中国の民間薬では葉や茎、根を酒に浸したものが使われていました。
頭痛・風邪の処方に使われる生薬
漢方では生薬名を葛根(かっこん)といいます。葛餅、葛きり、葛湯など日本の日常の食事にもよく使う葛粉ですが、葛粉は作るのに大変手間がかかります。
まず、葛の根を洗って外皮をとり、つぶして水に浸しドロドロにします。それを布でこしてカスを取り、でんぷんを水槽に溜めます。時間をかけて沈殿させ、上澄み液を捨てるといった工程を何度もくり返します。そして最後に残る沈殿物を固めたものが葛粉です。
日本では奈良県の吉野葛、福岡県の秋月葛が有名ですが、実は市販されている葛粉のほとんどは小麦やサツマイモなどのデンプンです。100%葛粉で手軽なものは中国産の葛粉を使っているようです。
胃痛・食欲不振の処方に使われる生薬
山椒は日本固有の香辛料です。山椒の葉を少し食べると食欲が出ます。木の芽和えやうなぎ、佃煮などの日本料理に使われます。夏の暑い時期に山椒の効いたうなぎは食欲をそそります。
薬用には実の皮を使います。中国では華北山椒の実の皮を花椒(かしょう)として使っています。日本の山椒の方が中国のものより良質とされていますが、最近は薬用や食用として、中国からの輸入が増えています。『魏志倭人伝』にも記述があるほど古く、足利将軍も豆腐に粉山椒をかけて食べたという記述があります。最近でもジャパニーズ・ペッパーと呼ばれ注目されています。
疲労・不眠・うつの処方に使われる生薬
11月前後に咲く秋咲きの種類のサフランです。生薬名もサフラン(蕃紅花/バンコウカとも言います。)
紅花に似ているので西洋紅花一蕃(西洋のこと)紅花と名がつけられたそうです。高級スパイスとして有名ですが紀元前から婦人病の特効薬として使われ、クレタ島のクノッソス宮殿にはサフランを収穫している様子の壁画が残っています。旧約聖書にも芳香のハーブとして登場します。
インドのサフランライス・モロッコのクスクス、南仏のブイヤベース、スペインのパエリアなど身近な食事にも入っています。ちなみに、ターメリックライスとサフランライスの違いは、サフランが高価なので代わりにウコンを使ったということのようです。味も香りも色も違うので一度試してみてください。
尿漏れ・前立腺肥大の処方に使われる生薬
漢方では生薬名を木通(もくつう)といい、あけびの茎を輪切りにして乾燥させたものを使っています。
中国では三葉木通・白木通、関木通なども使っていますが種類によって副作用があるので注意が必要です。日本の木通は香川県や徳島県で採取されたものですので安心してください。身近に木通があった古代は疲れた旅人の食料でした。
昭和30年代までは、あけびの実がおやつとして食べられていました。今でも東北地方では食用あけびが栽培され、皮を揚げて食べたり、若芽をお浸しにしたりする山菜料理の食材として使われています、ツルは丈夫なので籠や椅子にも使われます。木通茶・煎じ薬として昔から利用された民間薬です。
不妊・更年期の処方に使われる生薬
芍薬と牡丹は同じボタン科ですが、芍薬は冬になると地上部が枯れる草、牡丹は木の姿で越冬する低木です。漢方で使われる芍薬は加工方法により名前が違います。白芍(びゃくしゃく)、赤芍(せきしゃく)です。
美しい花ですが、薬用に栽培するときは蕾を全部とって4~5年かけて、根を大きくします。牡丹が中国で花王と称されていた一方、芍薬は花の宰相(花相)と呼ばれます。
西洋ではギリシア神話でオリンポス山からとってきた芍薬の根で、黄泉の王ブルートの傷を治した医神パイオンに由来するペオニアと呼ばれ、現代でもホメオパシーのレメディとして使われています。
便秘・滋養の処方に使われる生薬
生薬名は麻子仁(ましにん)。大麻は、みなさんが洋服や着物、寝具などで使っている麻の仲間です。
紀元前からミイラづくりの材料、衣服や船の帆、ロープ、食品、オイル、そして薬として使われてきました。漢方では大麻のたねを加工し、便秘薬として処方します。
またオレイン・リノレイン脂肪を沢山含んでいるので、肌や髪に潤いを補う効能もあります。大麻の日本での栽培は禁止されていますので美しい大麻の花を近所で見かけることはできません。
冷え性の処方に使われる生薬
中国では、しょうきょうと読み、漢方では乾燥させた乾生姜(かんしょうきょう)を使います。
葛湯に生姜を入れて飲むと冷えや風邪の初期には効果があります。ヨーロッパでは生育しなかったのでジンジャークッキーなどは香辛料として輸入したパウダーで作っていたようです。中華料理では魚介類の食中毒を防ぐため、昔から使われます。
日本でもお寿司に生姜や、芽生姜を甘酢につけた、はじかみが添えられます。料理用の生姜を買う時は国産のひね生姜がおすすめ。収穫してから2ヶ月以上乾燥させて出荷するので、香り、辛みも強く、漢方の乾生姜に少し近いです。中国産も増えているので注意してください。
肌荒れ・アトピーの処方に使われる生薬
くちなしの生薬名は山梔子(さんしし)といいます。
美しい花と強い良い香りで、ご存知の方も多いと思いますが漢方には実を使います。果実が秋を過ぎても口を開けないので「口無し」という名がついたそうです。無毒のため日本では飛鳥時代からキントンや沢庵など食品を黄色く着色するのに使われてきました。
日本の伝統色に梔子色があり、平安時代には皇太子の着物の色でした。今でも着物の染料に使います。最近では山梔子のクロセチン成分が眼精疲労・老眼に効果があると期待され研究されています。中国では古来から花の七番の1つに数えられ、花の香りをお茶や衣服に移し優雅に楽しんでいたようです。